2005中国弓道旅日記
 

 
2005年、中国を訪問
 
2月25日(金)
12:00、成田着。旅行会社指定のカウンターでチケットを受け取り、チェックイン手続きへ。荷物は全て手荷物として持ち込み、預ける荷物はなしとした。かなり混んでいる。手続きを終え、空港内をフラフラ。2階のレストランで食事をすることにした。肉ソバを食べたが思いの外おいしかった。先の研修の際はセキュリティチェックを受けてから、中の方のレストランで天ぷらソバを食べたが、その時と違い、たいへん満足。次回もここに来たい。出国の手続きをして、Duty Free Shopでマイルドセブン2カートンを買う。時計が付いてきた。残念ながらアラーム機能は付いていない。せんべいをお土産に購入。14:25、搭乗。14:55、予定を過ぎても出発する気配がない。遅れた輩でもいるのだろうか? 他の便ではしきりに係員が乗客を捜し回っていた。係員に連れられ走っている輩も頻繁に見られた。他人の迷惑を考えないのだろうか? 買い物に夢中になっていて時間を過ごす者が多いのだろう。
ボーイングトリプルセブン(B777)機内誌に中国の銅像の写真があり、馬に乗って弓を引いていた。
北京と日本の時差は1時間。飛行予定時間は3時間40分とのこと。飲み物のサービスがあり、YAN JING BEERをいただく。「国宴特供酒」と書いてあった。アルコール度4%とあったが、こくがなくうすい感じ。355ml。16:10、食事。和食ウナギご飯をいただく。白ワイン1杯戴き、赤ワインをおかわり。食事を終え、今、韓国の上空のようだ。9400mの高度。ソウルの少し南の方を通過し、海に出た。食事は軽かったためまだ腹が減っている。
天津上空を通過し、北京国際首都空港へ。画面には地上の様子が映し出されている。画面に空港の光が見えてきた。16:15着陸。パスコントロール等で難儀する。
ロビーに出たら、タクシーなど、客引きが数多くいる。ロビーに出たとたん腕をつかまれ、銀行の両替窓口に連れてゆこうとする。お金は両替しなければならなかったが、時間も十分あるので、とりあえずは断り、空港内を散策することにした。到着ロビーには2つ銀行があり、先ほどの彼の様子を見ていると、特定の銀行に連れて行っているわけではない。双方に連れて行っているので両方の銀行とグルになっているようだ。2階の出発ロビーへ行ってみる。客引きもいないし、比較的静か。ここにも銀行が2つ(3つ?)あり、ここで両替することにした。1万円が776.95中国元になった。1元は約12.9円。空港内をフラフラし、3階で食事。おしゃれなカフェー風の所に入り座った。メニューを出されるも、難儀。コーヒーとソーセージ入りチャーハンを注文。合計55元。安いとは思うが、コーヒーが30元、チャーハンが25元である。本当にチャーハンが出てくるのか心配になったが、ちゃんと希望のチャーハンが出てきた。コーヒーの方がチャーハンより高いとは驚き。チャーハンは少し米がかたく、油っぽい。コーヒーが400円位でチャーハンが325円。チャーハンは安いがコーヒーは高すぎるぞ! まあ、空港だし、コーヒーはそんなもんか、チャーハンが安すぎるのだ。
8時になった。あと1時間15分以上待たなければNIT先生は到着しない。店はガラ空きだし、店員も閑そう。女性店員の対応は笑顔でたいへん愛想が良い。好感度! しかし、こんなに閑で店員が多すぎるのでは? 真面目に働いている人は数人、あとは店員同士でくっちゃべっているぞ! 長居しても文句もあるまい。長居するか、でも一服したいところだ。ここは禁煙の店だ。そうだ、リッキーに電話でもしようかな? 掃除を始めたので長居をやめて一服しに下に降りるか。
一服しようと外に出ると、タクシーだろう、客引きがうっとうしいくらいに声をかけてくる。
KDDIスーパーワールドカードはもってきたが、中国内の掛け方がわからない。また、電話はカード式のようだ。デスクで若い女性がテレホンカードを売っている。結局電話もあきらめた。役に立たない。
トイレには和式トイレもある。ゴミ箱が置いてあり、どうやら紙は流さないらしい。
出発ロビーでくつろぐ。「葡萄汁」500mlペットボトルを自動販売機で購入。20元紙幣を入れたらじゃらじゃらコインが出てきた。6元のペットボトル。約80円位か。缶の飲み物は5元から6元。ビールは8元だった。「冷」と表示してあったのに生温いぞ! 成田で買ったアクエリアスが鞄に入っているので飲み比べると、アクエリアスの方が冷たい。
到着ロビーに移動し、NIT先生の到着を待つ。予定時刻より遅れているようだ。30分位遅れてNIT先生の乗った飛行機が到着。NIT先生に会い、天津体育学院のチンピンさんと運転手さんに会い、天津まで車で移動するために23:00頃、北京首都空港を出発。24:00頃、天津に到着。NIT先生宅へ。NIT先生は醤油や味噌を日本で調達されたようだ。30kgもある巻藁も持ってこられた。しかし、こんなもの、中国でも製作出来るのでは? NIT先生はしきりに電話連絡をとっている。明日、弓道は朝練習を行うらしい。12:30、マージェイさんと会う。NIT先生の後継者だ。しかし、弟子・後継者とはいえ、こんな時間に呼び出すなんて信じられない。マージェイさんは文句も言わずにやってきた。マージェイさんは1998年入学生、1999年から弓道を行っている。最初の2年間は毎日練習したそうだ。今は週に数回の練習(朝練習)を行っている。今はNIT先生の助手として弓道を指導している。中国の大学では日本と違い、9月に新入生が入ってくるらしい。明日の計画など話し合い、2時頃まで3人で話し込んだ。風呂にも入らず就寝。
 
2月26日(土)
6:30、起床。歩いて道場へ向かう。7:00から3人位稽古に来ると言っていたが、誰も来ない。マージェイ氏さえも来ない。昨夜遅かったので寝ているかな? 弓道場はテニスコートと水泳場の間にある。5人立ち道場で、冬仕様になっていて、射窓が開いているのみ。自動シャッター1枚、大きいのがついているが、故障しやすくて困るとのこと。的場はレンガで作られていて、瓦屋根である。寒いので安土が凍結しているようだ。安土整備をしてからでないと的前は稽古できないだろう。学生は正月で故郷に帰り、しばらく稽古は行われておらず、整備されていない状況である。道場内には暖房設備があり、11月から3月までヒーターが入れられる。冬仕様の射窓の戸は4月初めまで使用し、その後は戸を開放するらしい天津の春は短いとおっしゃっている。
大学には4,5年に1度、評価委員会?(文部省みたいなもの)が入るらしく、今年はその年。大学の方も対応に大変なようだ。NIT先生は私を天津体育学院長、同大学民族伝統体育学部長メー先生、天津師範大学のチョーキンネン先生の所への表敬訪問を勧められた。色々な所に電話を試み、マージェイ氏に連絡を取ったりしている。大学の事務もなかなか連絡が取れないようだ。チンピン先生もまだ大学には来ていないようだ。
天津では2008年オリンピックのサッカー場が建設されている。高速道路の整備も行われている。土地は国のものだから簡単に立ち退きをさせ、代替地を与えてどんどん工事を進めることができる。日本では土地の買収は大問題だが、中国では有無を言わさずに実行される。天津での生活費は自炊すれば2万円くらいで可能だという。ガス代も何十円の世界。水道も安い。水は沸かさないと飲めない。電気は少し高いようで、1ヶ月100元位?とおっしゃった。それでも日本の感覚からすると安いが、中国の平均的収入からすればそうとう高いのであろう。ちなみに学生寮は10時頃に電気が全て消される。1円=0.776元で交換したが、それで計算しない方がよいとのこと。100元を1万円のつもりで考えるとよいとのことであった。ちょっと混乱してきた、よくまだわからない。
今日の予定は、学院長と民族伝統体育学部へ挨拶できれば挨拶に行き、その後市内へ行く予定。師範大学(体育科学部と民族伝統学部がある)体育科学学部長(女性の先生)には16:00に挨拶に行くことが決定。夜は一緒に食事をする予定になった。
11:00天津体育学院民族伝統体育系主任、梅抗強(Hangqiangmei博士、副教授)を表敬訪問。次回は公式を希望の旨伝える。
RIKも呼び、NIT先生、マージェイ氏、私の4人で近くに食事に出かける。色々話し込み、今日は市内へ行く時間はなさそうだ。
15:00、天津体育学院長が忙しい会議の間に時間をとって下さり、表敬訪問。お土産を手渡す。学院長からも記念の品と大学案内をいただいた。今後の希望と研究の計画、学生弓道交流の希望・計画をお伝えし、次回は公式の形で訪問させていただきたい旨をお伝えした。
NIT先生、マージェイ氏とタクシーに乗り、天津師範大学へ向かう。天津のタクシーは基本料金が5元のようだ。天津師範大学正門で記念撮影。留学されているTRUさんと会い、16:00、天津師範大学体育科学学院院長張錦年(Zhang Jinnian教授)先生を表敬訪問。TRU嬢は北海道出身。中国語もよくできる。南開(門がまえはなし)大学4年生らしい。7月には卒業する。就職も決まり、通訳の仕事をするようだ。自分の語学力に迷いがあり、就職についても迷いがあるようだ。日常生活は全く問題がなさそうだが、専門用語の必要とされる通訳などはやはりたいへんなのだろうなあ。チョーキンネン先生は女性の先生で、とても気さくな先生であった。柳先生(南開大学)は武術の歴史研究家であった。32才くらいか? 将来は共同で研究が出来ればよいと思う。男性の先生(お名前失念)は奥様を車で送り、少し遅れていらっしゃった。奥様も同大学の先生とのこと。先生は武術の達人らしい。著名な先生のようだ。弓道の卒業生、王さんもいらっしゃった。
場所をかえ、お茶を戴きながら歓談(同大学のホテル&レストラン。4F)。その後、1階のレストランに移動し、食事。たいへん立派な建物でレストランもすばらしかった。円卓でたくさんの料理が並べられた。56度のお酒をいただく。食道が熱い。柳先生が何度も乾杯を求めてくる。250ml位の瓶1本を飲んだ。さらに39度の天津のお酒を柳先生と半分に分け戴いた。こちらの方が度数は低いのに、においと味はきつい。武術達人先生の車でNIT先生宅まで送っていただいた。柳先生はすぐ近くの5階?に住んでいるようだ。私は王さんとタクシーでホテルへ向かう。天津科技大厦というホテルに宿泊。428号室。ダブルベッドで部屋もまあまあきれいで広い。テレビはBS1、BS2も映る。まるで日本のホテルにいるようだ。
21:00、NTKにTEL。RIKの携帯にTELを試みるもつながらない。
風呂に入り、くつろぐ。明日は、10:00に王さんとNIT先生がホテルにいらっしゃる。
 
2月27日(日)
8:00、朝食をとりに1階レストランへ向かう。朝食券を出すも、仕組みがよくわからない。とにかく席に着けと言われているようなので、席につく。中国語で店員が何か聞いているのであるが、さっぱりわからない。食べたいものを選択して注文するようだが、メニューを見てもわからない。「白粥でよいか」と聞かれているようなので、OKした。もう一つ何か聞いてくれている。書いてもくれたが、なんのこっちゃさっぱりわからん。とりあえずOKと答える。何が出てくるか・・ドキドキ。飲み物は「○・×?・□?△・・烏龍茶・?□◎・」、「ウーロンティー!」と注文。極めて薄いウーロン茶が出てきた。食べ物はお粥とザーサイ、肉まんのようなもの、目玉焼きをもってきてくれた。肉まんみたいな饅頭はおいしかったが、朝食には難儀した。明日の朝も憂鬱である。
10:00、NIT先生、王さんがホテルへ来てくれた。マージェイ氏も来た。予約したタクシーを呼び、旧イギリス人街の中を通りながら見て、旧日本人租界へ。旧武徳殿が目の前に現れる。旧武徳殿は鞍山道と??路の交差点にある。車をとめてもらい、正門の方へまわる。建物の説明を書いた看板も設置されている。周りの門塀は2年位前に新しくもうけられたようだ。新しい開発計画に引っかかっていたが、文化財保護のため、この建物も保護することになり、計画も変更され、門塀が作られたようだ。王氏によれば、この下に地下鉄も計画されていたが、変更され、他の場所に地下鉄計画は移ったようである。旧武徳殿2階部分の外壁は白く、屋根は和風の瓦であるが、1階部分のレンガには違和感がある。レンガが和風を感じさせず、変に感じる。建物の中には入れず、外部を詳細にビデオに収め、デジタル写真もとった。現在は???図書館として使用されている。
次ぎに司令部責任者の住んだとされる場所に行った。現在は児童図書館になっている。中にも入ってみたが、白い内壁で昭和初期頃の洋風。
途中で王さんは用事があるので別れた。夕食はまた一緒にする予定。
古●●●に行き、買い物。石2本100元に篆刻してもらう。あとで取りに来る。1文字は6元。2本4文字刻み込みで119元。もっと値切れたのかな? 別の店、書道用品を売っている店に入る。墨を購入。69元をマージェイ氏が頑張って値切ってくれて、45元で購入。筆も見たかったが、時間がないのであきらめた。昼食に向かう途中で、NIT先生の教え子2人に偶然会う。しかも彼と彼女は現在ドイツに留学していて、たまたま帰ってきて、今日これからドイツに戻るという。運転手さんも含め、一緒に食事に行く。また食べられないほどの料理だ。ドイツ留学生の彼がご馳走してくれた。今日もおなかが一杯。彼らはシュトットガルトに住んでいるらしく、弓道クラブは無いと行っていたが、あるはずじゃないかな? インターネットなどでもう一度調べて見たらどうかと助言した。彼女の方はドイツ語も流暢で翻訳の仕事もして高収入を得ているとのこと。優秀な学生が育っているという感じだ。昼食後マージェイ氏が石を取りに行ってくれた。きちんとした感じの彫り方だ。基本に忠実に彫ってあり、面白みはあまりないが、瑪瑙のようなきれいな石なので満足。ホテルに戻って一休み。少し寝てしまった。
18:20、王さんがホテルへ迎えに来てくれる。タクシーで天津体育学院前まで行く。弓道学生達が多数集合している。明日から大学は授業が開始されるらしい。昨日お昼を食べたレストランへ行く。イスラム系レストランだ。豚肉は出ない。NIT先生とTRU嬢、今日始めて会う関(門がまえはなし)軍氏がすでに来ている。関軍氏は1997年入学の天津体育学院卒業生で、現在は南開(門がまえはなし)中学の体育の先生をしている。挨拶をして開宴。NIT先生の機嫌がよく、学生に負けずに飲んでいる。RIKにTEL。明日9:30にホテルで待ち合わせ。NIT先生もホテルまで来てくださる。
今日は38度の酒を呑んだ。喉にしみる。料理も色々食べることが出来て物珍しく愉快でもあるが、香りの強い野菜(葉っぱ、香菜・パクチー?)が入っているのが気になる。北京ダックも食べたが、NIT先生は天津ダックだとおっしゃる。いわば地鶏か? TRU嬢に何が一番困ったか聞いてみた。「たくさんあって、何が・・とは特に言えません」とのこと。反対にいえば結構適応力があるのかな? RIKさんもすぐに慣れたと言っていたし、適応力がある。ここ天津では、慣れなければやって行けないだろう。ヨーロッパともかなり違う。日本と近い国なのに、ヨーロッパよりも違いが大きいかも知れない。
学生達はみんな素朴。今日来たのは2年生という。他の武術も行っている学生もいる。隣の宗?君はお父さん?が絵を描く仕事をしているらしい、内藤先生を描いた絵はすばらしかった。彼に弓道の何が面白いのか聞いてみた。「なかなか的に中らないけれど、中った時の喜びが大きい。そのためにまた努力をして行きたいと思えるようになる」と言っていた。弓道界には的中を求めさせないような指導をする人もいるが、弓道における的中のもつ意味は大きい。初心の内は、的中というものをもっと前面に出し、それから少しずつ弓道の深いところへ進めるように指導してゆくのでよいのではなかろうか。
21:00頃、解散。みんなと握手をして別れる。王氏がホテルまでタクシーで送ってくれる。RIKに再TEL。明日の再確認。シャワーを浴びて、就寝。
 
2月28日(月)
8:00、朝食に向かう。ちょっと憂鬱。店員がここから選べと言っているようで、饅頭を選びに行く。昨日のはおいしかったが、せっかくなので、違う物を選ぶ。中身はわからなかったが即決。他は白粥と目玉焼きで昨日と同じ。今日は特に聞かれないままに出てきた。饅頭と白粥と目玉焼きはもう決められたセットになっているようだった。その他に注文をすれば追加料金となるのかな? 昨日の店員さんもいたので、彼女にウーロン茶を注文。饅頭はピーナツクリームがたっぷり入っていた。うーーむ、昨日の方がうまい。ちょっと失敗。
9:30、NIT先生がいらっしゃる。RIKがなかなか来ない。NIT先生、RIKにTEL、こちらに向かっているらしい。RIK到着。タクシーの運転手に住所を見せたら、美術館に連れてゆかれたとのこと。5元で来れるはずが、10元取られたといっている。今日は歩いてスーパーへ。昨日はカルフール。今日はアメリカとの合弁のスーパーらしい。「家世界」とあった。こちらでは少々価格も高めのスーパーらしい。リッキーが中国のソースをプレゼントしてくれた。中華料理など何にかけてもいいと言っている。RIKは気に入って半月でたいらげたという。NAMちゃんにもかつて送ったらしい。家世界で菓子類を多数購入。ポッキーやコアラのマーチもあったので買ってみた。袋一杯になったが合計58元。1000円以下だ。
タクシーでホテルへ帰り、チェックアウト。NIT先生が支払って下さった。預託金1000元でチャックアウトの際に返してくれる仕組み。たぶん2日で600元位だと思う。王氏の親族の関係で安く宿泊出来たようだ。通常はシングル380元位だと思う。
タクシーで天津体育学院へ。昼食は学生食堂で食べた。マージェイ氏も合流して一緒に昼食。私はラーメンを食べたが、例の香りの強い葉っぱが入っている。少しは慣れた。NIT先生はだめらしい。RIKはすぐに慣れ、今は好きだという。中国人はこれが大好きらしい。TRU嬢も今では大好きらしい。慣れって怖いなあ。ラーメンの値段はわからないが、2か3元ではないかとRIKが言った。
昨日はタクシーを半日借りたが、通常半日借りて200元位で、走る距離にもよるという。RIKが他の地域を観光した時に、タクシーを1日借りて400元だったという。食べ物や、いろいろな物価といい、10分の1位に思える。
NIT先生宅へ向かっているとTRU嬢もやってきた。授業はないのかな? 南開(門がまえはなし)大学はすでに授業が始まっているはず。NIT先生宅でコーヒーをいただきながら雑談。中国各地への旅行の話しなどを聞く。青島はきれいな所らしい。RIKの一番のお気に入りだ。
天津体育学院を1時に車で出発し、RIK、TRU譲と別れ、北京へ向かう。TRU嬢には通訳としてもたいへん御世話になった。RIKも買い物につき合ってくれた。RIKは3月3日だか4日だかに帰国する。そして新たなビザで4月にまた来ると言っている。
景色を眺めながら2時間のドライブ。15:00頃、北京首都空港着。マージェイ氏にボールペンをプレゼント。NIT先生から記念の時計をいただく。NIT先生、マージェイ氏と別れ、チャックイン。出国手続きに向かおうと歩いていると、先ほどのチェックインカウンターの女性に呼び止められた。預けたリュックを開けてくれと言っている。他の女性が中を調べる。NIT先生から戴いた時計を調べている。特に問題はなく、解放される。
かなり並んで待ったが、パスコントロールで出国表を書くように言われる。あらかじめ書かなければならなかったらしい。Duty Free を見るが、町中の価格を思い出すと買いたくなくなる。数日で適応してしまった。中南海ハーブ入りタバコだけ1カートン50元で購入。これだって町中で買ってくればもっと安いのだろう。他の買い物はやめたが、自動販売機で缶ジュース2本を買った(1本5元)。これさえも高く感じてきた。いずれも「冷」と表示されていたが、到着したときに買った飲み物と同じく、またまた生温い。どうやら、この「冷」は「ホットじゃない」の意味の「冷」と受け取った方がよさそうだ。常温以下に冷やしてはなさそうだ。
20番ゲートから16;25入る。16:55発の予定だが、遅れている。30分遅れて離陸。時計を日本時間にもどす。
19:40食事を終える。ビール2本とコーヒー。食事は牛肉を選択。あまりおいしいとは言えぬ。日本到着も30分位遅れるのであろう。一寝入りした。
21:25、成田着。入国審査、空いている方への3度の並び替えが大失敗し、ほとんど最後の方になった。下の階に降り、リュックを待つ。しかし、なかなか出てこない。かなり待たされてようやく税関へ、特に申告も無く、パスポートチェックされただけで、到着ロビーに出る。NTK、SHTが迎えに来てくれた。一服した後、NTKの運転で帰る。SHTはまもなく寝てしまった。
無事勝浦へ24:00頃到着。
次回は、公式な訪問を考えたい
 
 
 
 
 
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メモ:
・旧武徳殿は道路整備で引っかかったが、重要文化財であるので、残してある。
・旧淡路小学校も残っている。
・旧武徳殿(現、「天津総医院付属幼稚園」と、ある資料にあったが間違いか、以前幼稚園であったのかもしれない。)1942年竣工の武道場。天津に現存する唯一の和風建築物。東京九段会館と同様の建築スタイル。
・旧武徳殿は確認できたが、弓道場があったかどうかは不明。おそらくあったであろうが、旧武徳殿に併設されていたかどうか不明。
・天津、青島、上海、漢広(今の武漢)の4ヶ所に武徳殿があったと聞く(NIT先生談)
・長春の神武殿は残っている(広東軍の本部)。写真を撮ることも規制されている。是非調査対象に加えたい。
・OGT?範士、天津で稽古したことあり?(弓道誌、10年以内、賞をもらった時のコメント? NIT先生談。)。弓道誌確認する必要あり。要調査。OGT範士ではないのでは?、あまりに若すぎないか? 情報求む!
・烟台師範大学に弓術の研究の先生がいらっしゃるらしい。
・天津体育学院弓道場の道場開きにはKMG会長が出席している。
・現在の弓道学生は、民族伝統体育系の学生が多い。
 
 

 
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